1901年~ その他欧州

スイス射撃祭コイン(1934年&1939年)

スイス射撃祭コインは、1885年を最後に発行が途絶えていました。しかし、ラテン通貨同盟の終了を受けて、1934年と1939年の2回にわたって再発行されました。そこで、これらのコインを概観します。

1885年以前の射撃祭コインやラテン通貨同盟などについては、下のリンク先記事をご確認ください。

射撃祭コイン
スイス射撃祭コイン(1842年~1885年)

スイスでは、様々な射撃祭が開催されてきました。そして、記念コインが発行されることもありました。この記事では、1842年から1885年にかけて発行されたコインを中心に概観します。 Contents1 射 ...

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1934年の射撃祭コイン

最初に、金貨と銀貨のデザインをご覧ください。

射撃祭コイン

射撃祭コイン

コインのスペック

  • 額面:100フラン
  • 材料:金
  • 重量:25.9g
  • 品位:0.900
  • 発行枚数:2,000枚

射撃祭コイン

射撃祭コイン

コインのスペック

  • 額面:5フラン
  • 材料:銀
  • 重量:15.0g
  • 品位:0.835
  • 発行枚数:33,439枚

デザイン

コインにはライフルを持つ人が描かれており、まさに射撃祭にピッタリです。周囲の文字は「TIR FEDERAL FRIBOURG 1934」すなわち「フリブール連邦射撃祭 1934」です。1934年の大会は、フリブールで開催されたことが分かります。

反対側の中央は、フリブール州の紋章です。そして、小さい文字が周囲にたくさん書いてあります。金貨の文字は「BON DE 100 Fr REMBOURSABLE AVANT LE 31 AOUT 1934」と書いてあり、「1934年8月31日まで100フランと交換可能」という趣旨です。銀貨も同じ文言で、5フランと交換できます。

すなわち、射撃祭後もコインとして使うには、別の100フランと交換する必要がありました。通貨として大会期間中に発行され、しかし大会が終わったら貨幣としての価値はなくなってしまう…何と短命な金貨でしょう。

では、これをもらった人は、別の100フランと交換したでしょうか。当時の人々の行動を予想するために、このコインの金含有量を確認しましょう。

金含有量が少ない

  • 20フラン金貨:6.45g(100フランで32.25g)
  • 射撃祭記念金貨:25.9g
  • 品位(金含有率):両方とも90%

額面に100フランとは書いてありますが、金含有量が少ないです。このため、交換した人が一定数いたことでしょう。しかし、せっかく記念でもらったものですから、多くの人は自宅に持ち帰って家族や友人に披露したり、大切に保管したりしたでしょう。こうして、この金貨は現在まで数多く残されています。

銀貨の規格については、射撃祭コインも他の5フラン銀貨も同じでした。

造幣所と彫刻家

ちなみに、額面金額の数字の下に、小さな文字で「B」と書いてあります。これは造幣所記号を意味し、ベルンで作られました。その右の小さな文字は、彫刻家の名前です。Huguenin Frères氏がこのコインをデザインしました。

詳しく調べたいときは

「よし、この金貨と銀貨を詳しく調べよう!」と思い立った場合、下の書籍が役に立ちそうです。フリブール射撃祭に関する書籍で、フリブール州が1934年に発行しました。ただし、ドイツ語(?)で書かれている模様で、残念ながら当記事の筆者は読破できません。

フリブール射撃祭の書籍

画像引用:AbeBooks

1939年の射撃祭コイン

次に、1939年に発行されたコインに移りましょう。

射撃祭コイン

射撃祭コイン

コインのスペック

  • 額面:100フラン
  • 材料:金
  • 重量:17.5g
  • 品位:0.900
  • 発行枚数:6,000枚

射撃祭コイン

射撃祭コイン

コインのスペック

  • 額面:5フラン
  • 材料:銀
  • 重量:19.5g
  • 品位:0.900
  • 発行枚数:40,000枚

デザイン

デザインには、ライフルを構える人が採用されています。周囲の文字は「EIDGENÖSSISCHES SCHÜTZENFEST IN LUZERN 1939」すなわち「ルッツェルン射撃祭 1939年」です。1939年の大会は、ルッツェルンで開催されたことが分かります。

反対側は、文字で埋め尽くされています。中央部は「EINER FÜR ALLE ALLE FÜR EINEN」すなわち「One for All, All for One」(一人はみんなのために、みんなは一人のために)です。射撃祭の理念が分かる言葉です。

なお、1934年と同様、この金貨・銀貨も有効期限がありました。金貨の周囲に書かれた文字は「100 FR EINLÖSBAR + BIS + 31. + AUGUST + 1939」であり、「100フラン 1939年8月31日まで換金可能」という趣旨です(銀貨は5フラン)。

では、この金貨の重量は、他の100フラン金貨と比べてどうだったでしょうか。

金含有量がさらに少ない

  • 20フラン金貨:6.45g(100フランで32.25g)
  • 射撃祭記念金貨:17.5g
  • 品位(金含有率):両方とも90%

額面は100フランですが、金含有量が半分くらいしかありません。1934年のコインと比べても少ないです。このコインをもらったら、どうしましょう?100フランに交換したり使ったりするか、それとも持ち帰るか。こちらも、持ち帰った人がある程度多いのでは?と予想できます。この金貨をもらえるチャンスは、もうありませんので。

ちなみに、年月日が興味深いです。1939年8月31日まで交換可能。第二次世界大戦が勃発したのは、1939年9月1日。

  • 有効期限:1939年8月31日
  • 第二次世界大戦勃発:1939年9月1日

第二次世界大戦は、9月1日に何の前触れもなく勃発したわけではありません。第一次世界大戦の記憶もあったことでしょう。さらに、スイスとドイツは国境を接しています。よって、この時の参加者は、多少なりとも実戦を意識しながら射撃をしたかもしれません。

造幣所と彫刻家

最後に、造幣所と彫刻家の名前を確認しましょう。

文字ばかりの面の最下部に、額面金額が書いてあります。そのすぐ上に「B」の文字があります。すなわち、このコインもベルンで作られました。そして彫刻家の名前は、銃を構える人の下に小さく書いてあります。Emil Wiederkehr氏です。

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