1801年~1900年 1901年~ 日本

大勲位菊花章頸飾【日本の最高勲章】

2022年5月14日

大勲位菊花章頸飾(だいくんい・きっかしょう・けいしょく)は日本の最高勲章であり、明治21年(1888年)に制定されました。頸飾(けいしょく)は、首飾りという意味です。

この勲章は、一般に流出することはありません。しかし、この記事に掲載している大勲位菊花章頸飾は、おそらく唯一、民間に流出した本物で購入も可能です。誰が流出させたのか?についても、この記事で考察します。

大勲位菊花章頸飾の外観

大勲位菊花章頸飾

大勲位菊花章頸飾

画像提供:株式会社ダルマ

上側の写真は、大勲位菊花章頸飾を収める箱の蓋、そして下は、蓋を外した状態の写真です。

写真だと小さく見えてしまうかもしれません。しかし、実際は頸飾(=首飾り)ですから、とても大きいです。今上天皇が、重要な儀式等で実際に佩用(はいよう)されていますので、別途検索等でご確認ください。大きいですし、金製ですからとても重いです。

なお、受章者数はわずかで、国内では皇族や伊藤博文、最近では中曽根元総理大臣などです。また、外国元首等も受章しており、誰が受章したか明らかになっています。ここでご案内する大勲位菊花章頸飾は、そのうちの一つです。

誰がこの勲章を手放した?

一般的に、受章者や遺族は、受章した頸飾を手放すことはないでしょう。よって、この記事の大勲位菊花章頸飾は極めて珍しいということになります。おそらく、民間流出品はこの1点のみです。

ここで、気になる点があります。誰が手放したのでしょうか。

大勲位菊花章頸飾には、受章者の氏名等は書いてありません。しかし、デザインである程度予想できます。なぜなら、受章が皇族の場合とそれ以外の場合では、箱のデザインが異なるからです。箱の写真を見ますと、最上部に菊の高蒔絵があり、その下に「大勲位菊花章頸飾」と書いてあります。

皇族が受章する場合、デザインが異なります。文字はなく、箱全体に11個の菊の高蒔絵が配置されます。

すなわち、これは皇族でない受章者が手放したと分かります。ただし、それ以上の情報はなく、頸飾そのものを調べても、元の所有者を特定するのは困難です。そこで、可能性として以下の例を考えられます。

誰が手放した?

  • 今は存在しない国家の元首だった人の子孫
  • 旧体制の元首だった人の子孫(政変等で政治体制が変わった)
  • 経済的に困窮してしまい、手放さざるをえなかった子孫 など

何らかの理由で、手元に置きたいけれどもできなかった、と考えるのが自然でしょう。このままではぼんやりしていますので、もう少し深く予想します。

当記事執筆者の予想

外国元首等が受章する場合、個人が受章するとはいえ国家対国家のやり取りですから、彼ら(またはその子孫)が放出するとは考えづらいです。放出したら、外交関係にマイナスの影響が出てしまうかもしれません。

また、日本国内の受章者の子孫が放出するとも考えづらいです。放出が明るみに出たら、大変な騒ぎになりそう。

しかし、受章後に国を追われてしまった、またはそれに近い状態で祖国との関係が複雑になってしまった…そのような人物の子孫なら、放出する動機があるかもしれません。安全を求めて国外に出る際、所有物全ては持ち出せませんから、やむを得ず祖国に置いていく場合などがあるでしょう。

そして、この頸飾はヨーロッパで民間の手に渡りました。ということは、ヨーロッパの誰かかもしれません。受章者一覧を確認しますと、イタリアのヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が見つかりました。彼または彼の子孫なら、大勲位菊花章頸飾を手放すきっかけがあったと予想できます(あくまで予想です)。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世

サヴォイア家当主でイタリア王国最後の国王(在位:1900年~1946年)。イタリアは第二次世界大戦での敗北を受けて、王国から共和制に移行。これを受けて、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は国を追われ、国外に拠点を移しました。

サヴォイア家に関するウェブサイトを探してみたものの、大勲位菊花章頸飾の情報を掲載していない模様です。よって、この考察は予想の域を出ません。しかし、その他の受章者が手放したと考えるのは少々難しいです。ただし、手放した人は、身元が分からないよう、遠くから欧州に持ち込んだ可能性もあります。

大勲位菊花章頸飾のデザイン

では、デザインを見ていきましょう。下は蓋を開けた状態で、敷台(頸飾を置く部分)は紫のビロードで作られています。箱の左右に金属の突起があり、この部分に赤い締め紐を装着します。そして、蓋が外れないように蓋の上で結びます。今回は、この紐は失われた状態です。

大勲位菊花章頸飾

赤枠部分のデザインを個別に拡大したのが、下の写真です。金細工のデザインは全部で4つあり、これらを組み合わせて1本の頸飾を作っています。これら4つについて、赤枠内の右から順に確認しましょう。全て金(きん)で作られています。

大勲位菊花章頸飾

上の金細工は楕円形で、長径28mm、短径24mmです(下の2つも同様)。紀元前の中国の書体「古篆」を使い、「明治」の「治」をデザイン化しています。全部で6個使用しています。

大勲位菊花章頸飾

これは、真ん中に菊の花、その周りを葉が囲んでいます。七宝(しっぽう)で色付けしており、緑色に輝いています。七宝とは、釉薬(ゆうやく)を焼き付けてガラス状の美しい彩色を出す方法です。全部で12個使用しています。

大勲位菊花章頸飾

3つ目。こちらは、中国の書体「古篆」を使い、「明治」の「明」をデザイン化しています。全部で6個使用しています。

大勲位菊花章頸飾そして最後は、直径39mmの円形です。真ん中に、金色の菊花があります。その周りは菊の葉で、この部分も金製です。1つのみ使用されており、頸飾使用時にこの部分が最も下になります。そしてこの部分に、大勲位菊花大綬章(下の画像)を取り付けます。

本章の表側

下は、大勲位菊花章頸飾に取り付ける本章(大勲位菊花大綬章)の表側の写真です。

大勲位菊花大綬章

本章も金で作られており、七宝を使って様々な色を付けています。また、1枚の金(きん)から作られています。これだけの精巧な作業は、機械でできません。そこで、造幣局の職人が、手作業で切ったり研磨したりして制作します。

1枚の金の板から作られるという点では、大勲位菊花章頸飾(首飾り部分)の丸いデザイン一つ一つも同様です。これは、細い金の糸を曲げて形作ったものではありません。金の板に型を打ち付けて、それに沿って手作業で彫ったものです。

この金の装飾は平面的でなく立体的で、しかも、極めて細かく丁寧に磨き上げられており、芸術品です。

本章の裏側

下の画像は、本章の裏側です。本章の上の丸い部分(紐(ちゅう)といいます)に、文字が書いてあります。これは、「大勲旌章(だいくんせいしょう)」です。裏側も表側と同様、極めて高度な仕事が施されていることが分かります。

大勲位菊花大綬章

収納ケース(漆塗りの箱)

箱については既に概観しましたが、さらに確認しましょう。極めて素晴らしい漆塗りの箱です。

下は、カメラで写真撮影したものです。膜がかかっているように見えますが、これはカメラのフラッシュを反射しているために起きた現象です。漆塗りの仕事が素晴らしく、フラッシュの光をきれいに反射してしまうことが分かります。

大勲位菊花章頸飾

下は、箱を正面から撮ったものです。八角形であることが分かります。

大勲位菊花章頸飾

大勲位菊花章頸飾の価格は?

おそらくは、唯一の民間流出品。こちらを(株)ダルマで購入可能です。価格は6,500万円(税込)。この頸飾の情報は(株)ダルマ公式サイトに掲載されていませんので、電話またはメールで直接お問い合わせください。

【リンク】(株)ダルマ

なお、ご購入の際には、必ず実物をご確認ください。当記事の画像は写真であり、色合い等でフラッシュ等の影響があります。実際にご覧いただくと、その大きさ、仕事の細かさに圧倒されることでしょう。

保管上の注意

実際に購入いただくと、首からかけて利用できます。また、破損した場合は、造幣局で修理が可能です(日本の勲章や褒章は、造幣局が作っています)。しかし、アンティークコインと同様に考えるならば、破損しても修理しない方が良いかもしれません。

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貴重な頸飾です。大切に保管したいです。

※主な参考文献、ウェブサイト

  • 平山晋『明治勲章大図鑑』国書刊行会 2015
  • 佐藤正紀『新判 勲章と褒章』全国官報販売協同組合 2014
  • 内閣府ホームページ 等

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