南米のコインを検索していると、下の赤枠のデザインにしばしば出会います。腕があり、なぜか棒を持っていて、棒の先にあるのは…綿菓子?これは、帽子です。当記事では、メキシコの8エスクード金貨を題材にしつつ、この帽子にまつわる話を紹介します。
この帽子、実は間違いで採用されています。
メキシコの8エスクード金貨
最初に、このコインの両面をざっくりと確認しましょう。両面とも良く知られたデザインです。表は、鷲がサボテンの上で蛇をくわえています。そして裏は、リバティーキャップ(フリージア帽)と憲法書を描いています。
引用元:日本コインオークション
コインのスペック
- 額面:8エスクード
- 年号:1861年
- 材料:金
- 重量:26.84g
- 品位:0.875
- グレード:VF
表のデザイン
表のデザインは、当時のメキシコの国章です。現在の国章は下の通りで、当時と異なるものの基本構成は同じです。国旗の中心部にも描かれていますから、何かの機会に国旗を手描きしたい場合、とても大変そうです。
画像引用:Wikipedia
この絵柄は、アステカ時代の伝説を元にしています。
伝説
ある時、アステカ王は神託を受けました。「ある場所で、鷲がサボテンに止まって蛇を食べている。その場所に都を造りなさい。」と。
そこで、メキシコ一帯を探し回ったところ、現在のメキシコシティの位置で、ちょうどその光景を目にしました。そこはテスココ湖に浮かぶ島で、アステカ王がその場所に作った都をテノチティトランといいます。
ちなみに、現在のメキシコシティの様子をgoogle mapで見ますと、湖はありません。ちょっとした池があるだけです。すなわち、ほとんど埋め立てられたということです。
コインに戻りまして、周囲の文字は「REPUBLICA MEXICANA」(メキシコ共和国)です。
裏のデザイン
裏のデザインは、一見すると良く分からない感じです。描いてあるのは、憲法書、腕、棒、そして帽子です。帽子と言われればそうかなという感じですが、知識がない状態で見ると、帽子には見えそうもありません。
憲法書
憲法書とは、文字通り憲法を記した書物です。植民地時代のメキシコは、宗主国スペインの利益になるように統治されました。この憲法書は、メキシコの人々のために作られ、法に基づく統治がなされることを誓ったものです。
フリージア帽(リバティーキャップ)
フリージア帽とは、柔らかい生地で作った帽子です。頂点部分が前に垂れているのが特徴です。「あつまれどうぶつの森」のアイテムで「フリジアぼう」が出てきましたから、そちらのイメージが強い人も多いことでしょう。
このフリージア(Phrygia)とは国名であり、紀元前600年代まで現在のトルコ地域で栄えました。フリージアの名前を見たのは初めてという場合も、この国にまつわる伝説は聞いたことがあるかもしれません。すなわち、ミダス王が触れたものは全て黄金になるという、黄金伝説です。
なお、所在地は現在のトルコの西半分くらいで、イメージとしては、下の地図の赤枠です。
画像引用:google map
その後、フリージアは、リディアやアケメネス朝ペルシアの支配下に入りました。リディアといえば、金貨に人物像を最初に刻印したとして知られています。ダリク金貨「槍と弓を持って走る王」です。
画像引用:日本コインオークション
どの国も単独では存在せず、周囲に様々な国がありました。コインを軸にして確認すると、このような関連性が見えてくる楽しさがあります。
話が少しそれましたので、戻しましょう。フリージア帽は、「フリージア」で使われていました。それがなぜメキシコの国章になるか?について、以下の変遷を経ています。
メキシコの金貨デザインに採用されるまでの経緯
紀元前700年くらいの国の帽子が、19世紀メキシコの金貨に。この経緯は、以下の通りです。
フリージアは鎖国をしていたのでなく、他国と往来があったはずです。フリージア帽は、古代ギリシャを経由して古代ローマ帝国に伝わりました。そして当時の古代ローマ帝国には、独自の帽子がありました。「ピレウス帽」です。
- フリージア帽
- ピレウス帽
このピレウス帽、誰もが自由に使用したわけではなく、自由民となった奴隷などが使用したという代物です。このため、ピレウス帽は自由の象徴と見なされました。奴隷的な立場からの解放!です。
下の銅貨をご覧いただきますと、下側の画像の中央部に突起物が描かれています。これがピレウス帽です。古代ローマ皇帝カリグラ治世下で発行されました。
コインのスペック
- 額面:クアドランス銅貨
- 年号:40年
- 直径:19mm
- 重量:3.1g
- グレード:EF
その後、時代が過ぎ、下はフランス革命を描いた有名な絵です。中心に描かれているのは自由の女神で、彼女が被っている帽子が、まさにピレウス帽…と書きたいところですが、ここで問題が。
画像引用:Wikipedia
フランス革命の際、どこかでピレウス帽とフリージア帽が混同されてしまい、フリージア帽が自由の象徴として採用されてしまいました。そして、メキシコが独立するに際して、フランス革命の影響を受けてフリージア帽が使われました。
その流れで、貨幣にもフリージア帽が採用されました。
帽子を取り違えるとは何事?という感じかもしれません。そこで、両者のデザインを確認しましょう。下の通りです。
左は紀元前1世紀の彫刻でピレウス帽、右は2世紀ごろの彫刻で、フリージア帽です。両方ともフェルト生地のような柔らかい素材で作られており、雰囲気も似ています。取り違えても仕方ないかな…という感じです。
ピレウス帽引用元:Wikipedia
フリージア帽引用元:Wikipedia
間違いが起きてしまったものの、以上の経緯から、フリージア帽はリバティーキャップ(自由の帽子)とも呼ばれます。
帽子の位置
ここで、フリージア帽が描かれた位置に注目してみましょう。下は、植民地時代の金貨です。赤枠部分にあるのは、王冠です。すなわち、メキシコはスペイン国王に統治されていたことが分かります。
この王冠が取り除かれ、同じ位置にフリージア帽、すなわちリバティーキャップが描かれました。王政を脱して自由になったこと、そして、共和制であることが示されています。
なぜ棒に刺している?
次に、帽子に刺した棒について見ていきましょう。なぜ、わざわざ棒に刺しているのか?です。この棒は、「liberty poll(リバティーポール・自由の棒)」と呼ばれています。コインの絵では小さな枝のように見えますが、実際には大きなものです。枝というよりは、長い棒です。
下は、18世紀のドイツの絵です。リバティーポールに帽子を刺し、大勢がその周囲で踊っています。このような使われ方をしました。
画像引用:Wikipedia
コインの周囲の文字
最後に、コインの裏面に書かれている文字を確認しましょう。コイン画像をずいぶん前に掲載しましたので、ここに再掲します。
周囲に書かれた文字は、「LA LIBERTAD EN LA LEY 8E Go 1848 PM 21Qs」です。
- LA LIBERTAD EN LA LEY:自由と法
- 8E:8エスクード
- Go:Guanajuato(グアナフアト)
グアナフアトは、造幣局があった地名です。首都メキシコシティの北西にあります。
- 1861:製造年(1861年)
- FR:検査官の名前
- 21Qs:金の純度(87.5%)
検査官とは、コインの品質を検査する人です。なぜ、検査官の名前が刻印されているのでしょうか。その理由につきましては、下のリンク先記事でご確認ください。ペルーもメキシコも、スペインの植民地でした。よって、同じような状況です。
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