スイスでも、様々な種類の金貨や銀貨が発行されてきました。その中でも、比較的入手しやすいのが「ブレネリ」です。コインの世界でブレネリと言えば、この記事で紹介する金貨を指します。一般的には、スイスで主に若い女性のニックネームとして使用されます。
ブレネリのデザイン
下のコインをご覧いただきますと、アルプス山脈を背景に、若い女性が左側を向いている様子が分かります。女性の上に書かれている文字は「HELVETIA」(ヘルヴェティア)です。これはスイスを女性に見立てたラテン語の名前であり、スイスそのものを指します。
なぜ、わざわざラテン語を使うのでしょうか。その理由は、コインに国名を刻印する際に少々問題があるからです。スイスには公用語が4つあり、4種類の名前を書くとコインが文字で埋まってしまいます。
このように、4種類の国名表記が不都合な場合に、Helvetiaが用いられます。あるいは、スイス連邦のラテン語表記「Confoederatio Helvetica」を使うこともあります。
ちなみに、4種類の公用語は、ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語です。
画像引用:Six Bids
コインのスペック
- 額面:20フラン
- 年号:1926年
- 材料:金
- 重量:6.45g
- 品位:0.900
改めて金貨の人物像をよく見ると、少し大人びているのでは?と感じるかもしれません。「ブレネリ」は、若い女性に対して使われます。実は、原案はこれと異なるデザインでした。以下、ブレネリ発行の経緯を概観しつつ、原案を紹介します。
ブレネリ発行までの経緯
19世紀当時、ヨーロッパ大陸の金融世界はフランスが最大・最強でした。このため、周辺諸国はフランスの通貨基準をそのまま使用していました。
ただし、各国はフランスに断りを入れることなく独自に行動しましたので、少なからず混乱が起きました。そこで、各国間の調整の結果、1866年に通貨基準が条約化されました。ラテン通貨同盟です。
この基準に基づいて、1883年にスイスで金貨が製造されました。このコインは、下の画像の通り、自由の女神が刻印されています。
画像引用:日本コインオークション
コインのスペック
- 額面:20フラン
- 年号:1894年
- 材料:金
- 重量:6.45g
- 品位:0.900
- グレード:AU/UNC
その後、「もっと新しいデザインの金貨を発行したい」という機運が高まり、1897年にブレネリが発行されました。
デザインはブレネリに変更されましたが、重量などの規格は同じです。重量6.45gで純度90%というのは、ラテン通貨同盟の基準であり、これはナポレオンが1803年に発行した20フラン金貨と同じ規格です。
デザインの原案
1897年の発行に先立ち、1895年、スイスは新金貨のデザインを公募しました。その結果、1位は該当なし、2位にFritz Ulysse Landry(フリッツ・ユリス・ランドリー)氏が入賞しました。その際のデザインは、下の左側です。
引用:Swissmint.ch
右側の修正後デザインと比べて、左側はより若い顔立ちで勢いがあり、前髪が風でなびいている様子が分かります。全体的に、自由度が高い印象です。実際、ランドリー氏は自由思想を表現しています。
しかし、この自由さは、100年以上前の視点で見ると「前衛的すぎる」という評価になりました。具体的には、若すぎ・個性的すぎ・熱狂的すぎです。そこで、ランドリー氏は右側の修正案を提示し、女性の年齢を少し上げて落ち着いた雰囲気にしました。
ここからさらに修正が加えられて、ブレネリが発行されました。
採用版と修正版の比較
ここで、ランドリー氏の修正版と、実際に採用されたブレネリの違いを確認しましょう。下に2枚を並べました。左が正式採用版、右はランドリー氏の修正版です。
細かく比較しますと、修正版からさらに多くの変更が加えられていることが分かります。
- 首飾りが大人しくなっている。
- 顎を引いた感じになっている。
- 山の位置を少し下げた。など。
山の位置につき、採用版を見ますと、目の位置で山と接しています。一方、右側は額と山が接しています。
発行年と発行枚数
次に、ブレネリ(20フラン)の発行年と発行枚数を紹介します。最初に発行されたのは1897年、発行枚数はおよそ40万枚でした。その後、1935年銘まで断続的に発行されました。
ブレネリの前の自由の女神像は、発行から十数年でデザインが変更されました。一方、ブレネリは何十年にもわたって発行されました。いかに人気があったのかが分かります。
なお、実際にオークション等でコインを買う場合、年号を見ますと、1920年代または1935年になっている場合が多いです。これは、発行枚数が原因です。
下は、発行枚数のグラフです。1890年代から1910年代にかけて、毎年10万枚以上発行してきました。よって、枚数がとても多いですが、1935年銘の発行枚数が2,000万枚を超えており、圧倒的です。
また、1920年代~1930年までの発行枚数についても、他の年代に比べて多いことが分かります。
ちなみに、1935年銘のコインは、コインに1935と書いてあるというだけで、大半は1945年から1947年にかけて製造されています。
- 1935年製造:17万5,000枚
- 1945年~1947年製造:2,000万枚
1935年銘の金貨は、発行枚数が多く、高グレードを維持しいている例が多いです。このため、これからアンティークコインを買いたい場合に、求めやすい金貨です。
100フラン金貨と10フラン金貨
なお、ブレネリは20フランに加えて、10フランと100フランも発行されています。10フランは、1911年から1922年にかけて260万枚ほどが発行され、100フランは、1925年のみ5,000枚が発行されました。
100フランの発行枚数の少なさが、際立っています。よって、資産価値という視点で見るなら、100フランのブレネリが最も有望ということになります。
下は、100フランのデザインです。表側は一見すると20フランと同じに見えますが、わずかに異なります。女性の顔が全体的に大きく描写され、それに伴って首飾りの花の数が減り、デザイナーの名前「F. Landry」の位置が左に移っています。
コインのスペック
- 額面:100フラン
- 年号:1925年
- 材料:金
- 重量:32.26g
- 品位:0.900
- 発行枚数:5,000枚
やや完集しやすい金貨
ブレネリは、10フラン・20フラン・100フランの全3種類です。そして、100フランは価格がやや高いものの、流通量が比較的多く、全種類集めることができます。完集もコレクションの醍醐味の一つですので、狙ってみるのも面白いでしょう。