この記事はFX雑誌『外国為替』Vol5への寄稿記事に加筆修正したものです。
1698年銘のニュルンベルク8ダカット金貨(クリッペ)は、現存枚数が2枚とされていて大変な貴重品です。滅多に市場に出てきませんが、当記事執筆時点で販売中ですのでだれでも買えます(とっても高額ですが…)。
なお、この金貨は角型をしており、この形はクリッペと呼ばれます。
ニュルンベルクの8ダカット金貨
画像引用:(株)ダルマ
コインのスペック
- 額面:8ダカット
- 年号:1698年
- グレード:EF+/UNC
- 材料:金
コイン発行の理由
このコインの発行理由について調べると、1648年のウェストファリア条約50周年記念という趣旨が複数見つかりました。確かに、30年戦争では神聖ローマ帝国(現在のドイツ)の人口が大幅に減ってしまい、大変な戦争でした。しかし、50年前の話です。
30年戦争の終結後には、フランスのルイ14世が膨張政策でたびたび戦争を仕掛けています。ニュルンベルクにとって30年戦争は記憶にあるけれど、新しい戦争で上書きされているのでは…そこで、書籍を漁ってみました。
すると、1754年発行の書籍『Sammlung rarer und merkwürdiger Gold- und Silbermünzen』で、ファルツ戦争(1689年~1697年)の終結を祝って作ったという記述がありました。
この戦争は、高校世界史ではスルーされそうな小さな扱いです。しかし、好戦的なフランスを相手に、イギリス・スペイン・神聖ローマ帝国などが同盟して戦ったもので、北米やアフリカでも戦闘が発生したという大規模なものです。
ニュルンベルクは神聖ローマ帝国の帝国都市であり、ファルツ戦争で多大な影響を受けたことは想像に難くありません。というわけで、ファルツ戦争終結記念(または、講和条約であるライスワイク条約締結記念)のほうが自然かなと感じます。
ドイツ語サイトでも、ライスワイク条約締結記念としているものが見つかります。
デザイン
次に、デザインを概観しましょう。
都市景観部の面
都市景観部分は、ニュルンベルクを東から眺めた様子です。エホバが空から祝福している様子が描かれています。そして、ニュルンベルクの城壁・教会・馬に乗る人々が生き生きと描かれています。
コインの下部に書かれている文字は「MONETA REIPUB NORIMBERGEN SIS 1698」です。なぜか翻訳が各種サイトで見つからず、このコインに注目する人は当然知っているという前提なのかもしれません。「ニュルンベルク発行コイン 1698」です。
女神の面
女神の面の周囲にある言葉は「EXOPTATA DIV PAX COE: - LI EX MVNERE VENIT.」です。ラテン語で書かれており、「待ち望んだ平和が神によってもたらされた」という趣旨です。
なお、文字がところどころ大きく書かれています。抜き出すと、「X・D・I・V・X・C・L・I・X・M・V・V・I」です。これはローマ数字を示しており、合計すると1698になります。
この遊び心のある年号の表記方法は、ニュルンベルクの他のコインでも見られます。
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精霊と女神
また、人物が3人描かれています。下の2名の精霊は盾を抱えており、そこにはニュルンベルクの紋章が描かれています。ニュルンベルクの紋章は、上の関連記事「ラムダカット」のコインにも描かれています。
そして、真ん中で立っているのは女神で、オリーブの枝とエルメスの杖「カドゥケウス」を持っています。
画像:ウィキペディア
ニュルンベルクという都市
最後に、ニュルンベルクを概観します。神聖ローマ帝国(現在のドイツ)には皇帝がおり、帝国内の各地には諸侯もいました。さらに、大きな自治権を持った都市(自由都市)もありました。ニュルンベルクは自由都市で貨幣発行権も持っており、都市景観コインを発行したことで知られています。
なお、ドイツは第二次世界大戦で多くの都市が破壊されており、ニュルンベルクも例外ではありません。貴重な歴史的遺産が失われており、都市景観コインは当時の町の様子を現代に伝える貴重な史料となっています。